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【MAJOR.JP】
第6回:「ミスター・オクトーバー」が放った史上初の4連発 1976年、ワールドシリーズでシンシナティ・レッズに敗れたニューヨーク・ヤンキースは、フリーエージェントで大型補強に成功する。その人物こそ、オークランド・アスレチックスで72〜74年のワールドシリーズ3連覇に貢献した長距離砲レジー・ジャクソンだった。 当時キャプテンだったサーマン・マンソン、主力のルー・ピネラ(現カブス監督)らはジャクソンの入団を大いに歓迎した。しかし、デトロイト・タイガースの監督時代、ジャクソン擁するアスレチックスにプレーオフで煮え湯を飲まされた経験があったビリー・マーティン監督だけは苦々しい思いを噛みしめていた。ジャクソンも「僕は彼が嫌いだね。ただ彼のためにプレーするとなったら、きっと彼のことが好きになると思う」と微妙な発言をしている。 そんな不用意な発言が原因でジャクソンはチームメートからも誤解され、マーティン監督とは試合中のベンチで大げんか。しかしジャクソンは、「ブロンクス・ズー」と呼ばれ、チーム内の確執が絶えなかったヤンキースをワールドシリーズへと導く。 77年、ロサンゼルス・ドジャースとの間で行われたワールドシリーズで、第4戦、第5戦と2試合連続ホームランを放ったジャクソン。チームも3勝2敗と王手をかけてヤンキー・スタジアムでの第6戦を迎える。その第1打席、ジャクソンはバート・フートンから2ランホームラン。さらに続く打席ではエリアス・ソーサから再び2ランを放ち、ヤンキー・スタジアムのファンはジャクソンのパワーに酔いしれ、「レジー! レジー! 」の大歓声。しかし、ドラマはまだ終わっていなかった。第3打席、ジャクソンはチャーリー・ハフの球をセンターへはじき返し3打席連続ホームラン。第5戦での最終打席でもホームランを記録していたことから、ワールドシリーズでは史上初の4打席連続ホームランとなり、チームを15年ぶりの世界一に導いた。 翌78年、ヤンキースを再びワールドチャンピオンに導いたジャクソン。プレーオフで無類の勝負強さを見せた「ミスター・オクトーバー」が、ヤンキー・スタジアムに架けた数々のアーチは今もファンの心に焼き付いている。(伊藤友二) |
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