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「憎らしいほど強かった」 角界愛した北の湖理事長逝く



 現役時代から角界の屋台骨であり続けた巨木、北の湖理事長が逝った。
北の湖理事長が死去、62歳

 土俵では21歳2カ月の史上最年少で横綱に昇進。右上手を取っての豪快な攻めで横綱輪島との「輪湖(りんこ)時代」を築き、大関貴ノ花、2代目横綱若乃花らの人気力士もねじ伏せた。ファンからは敵役に見られ、「憎らしいほど強い」と言われた。

 179センチ、170キロの体格で勝つ、と思われがちだが、その強さは抜群の記憶力と、腰の振りだけで相手の上手を切る絶妙の技術に支えられていた。「黄金の左」で鳴らした輪島を天才と呼ぶ向きが多いが、本当の意味での天才は間違いなく北の湖だったと思う。

また、当時所属した三保ケ関部屋には師匠の息子の元大関増位山がいた。土俵ではナンバーワンの存在だが、部屋に戻ると生真面目な青年は上席を譲った。「自分には土俵しか無い」との思いが、その後の人生の指針を決めた。

 優勝24度、歴代1位の横綱勝ち星670勝などの実績は別格。「横綱の勝ち越しは12勝」という信念と、目下の声でも真摯(しんし)に耳を傾ける姿が尊敬された。

 引退後、出羽海一門の先輩春日野理事長(元横綱栃錦)から将来を託され、2002年に第9代理事長に就任した。しかし角界では、新弟子の暴行死亡事件を皮切りに朝青龍騒動などが続き、自らの弟子も関与した大麻事件の責任を取り、いったんは辞任した。

 このころは、報道陣との関係が微妙になった。新聞やテレビの角界批判に「マスコミが悪い」と怒鳴ることもしばしば。「相撲界を守る」との使命感が空回りしていた。理事長に復帰し、日本相撲協会の公益法人化や人気回復を実現。最近は、場所で取組をテレビ観戦しながら記者らに解説するのが日課になった。

 人気力士が街中でトラブルを起こし、「この男は角界を支える男」とわざわざ頭を下げに行ったことも。インターネットを使ったチケット販売のほか、ちゃんこランチなど国技館でのイベントは、若手の親方に力を発揮させた。

 ただし、改革路線で外の意見をよく採用した放駒前理事長(元大関魁傑(かいけつ))とは対極の立場。「バラバラにされた角界を元に戻すのが大変」との本音も出た。

 「力士、行司、呼び出し、床山から親方衆、若者頭、世話人まで、みんなが喜ぶ相撲界にしたい」が持論だった。角界の全てを愛した、究極の親分肌だったと思う。


朝日新聞









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