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イチローがよみがえらせた歴史上の名選手たち
イチローがいなければ、おそらく8年連続200安打を放ったウィリー・キーラーという選手の名前が広く日本で知られることなどなかったのではないか。「ボルティモア・チョップ」という彼が得意とした地面にたきつけるような打球しかり。また、2004年にイチローが破るまでシーズン最多安打記録を保持していたジョージ・シスラーという存在が、幅広く認知されることもなかったかもしれない。


イチローは、21日からの3試合で13打数10安打。42歳以上の選手が3試合で10安打以上を記録したのは122年ぶり=共同

■イチロー、122年ぶりの記録

 ただ、名前だけではない。イチローがよみがえらせた彼らを通じ、その時代の野球に触れるきっかけにもなった。それこそがイチローのもたらした一つの貢献といえる。

 さて今回、イチローがまた歴史に埋もれていた選手を掘り起こし、過去へといざなってくれた。

 イチローは、21~23日の3試合で、13打数10安打をマーク。42歳以上の選手が3試合で10安打以上を記録したのは、1894年8月にキャップ・アンソン(コルツ、現カブス)という選手が記録して以来122年ぶりとなった。

 アンソンは決して無名選手ではなく、通算3000本安打に初めて到達したとされる選手だ。ただ、さすがにこれだけ時代が離れていると、単純に記録を比較できない。そもそも当時とは、野球がまるで違う。

 アンソンは、1871年に大リーグの前身ともいえるナショナル・アソシエーションでデビューし、その後、ナ・リーグの誕生に伴って大リーガーとなったのが1876年。この当時の野球はといえば、打者が投手に高めか低めに投げるよう指示ができたそうだ(1887年まで)。仮に同じ条件でイチローが打席に入っていたら……。また、1883年まではソフトボールのように"下投げ"だった。1870年代半ばには、今のアンダースローのような投げ方をする投手が登場していたようだが。


安打を重ねるイチローは過去の名選手にもスポットライトを当てる=共同

 さらに1885年から1893年までは、得点不足からバットの半分が平たいものを使っていた。ちょうど、クリケットのバットをイメージすれば、分かりやすい。

■かつては四球も安打にカウント

 打者有利なルールがそろいながら"得点不足"とは奇妙だが、例えば1883年までファウルの場合、ワンバウンドでとればアウトだったというから、今の野球との差は日本プロ野球と大リーグの差どころの話ではない。

 さて、そうした当時の様々なルールに端を発し、アンソンの通算安打には諸説存在する。

 実は1887年、四球が安打としてカウントされるというルールが生まれた。これが現代にも適用されていれば、2004年のバリー・ボンズなどは、135安打、232四球で計367安打となる。イチローの同年は262安打、49四球で計311安打だ。出塁するという意味では共通点があるが、これはさすがに……と当時の人も考え、反対意見が相次ぐと、1年でそのルールは撤廃されている。ところが、その年の記録は長く訂正されず、そこに解釈の違いが生まれると、アンソンの安打数がややこしくなった。

 1887年、アンソンの記録は164安打、60四球。よってその時点での公式記録は224安打。しかし、1968年に行われた特別野球委員会で四球を安打とすることを認めないとし、アンソンの1887年の安打数を164本と訂正した。ところが今なお、通算安打は3011安打、3012安打、3081安打、3435安打という4つの数字が散見される。

 3011安打を採用しているのは、大リーグ公式ページの「MLB.com」。しかし、「スポーティングニュース」社は、記録にミスがあったとして3012安打としている。いずれもくだんの60四球は含まれていない。


イチローがいなければ、キーラーやシスラーの存在も幅広く知られることはなかったかもしれない=共同

■創設時に野球殿堂入りしたアンソン

 また、アンソンは1939年に野球殿堂が創設されたときに殿堂入りしているが、野球殿堂の公式ページにはなぜか3081安打と3435安打という2つの安打数が掲載されており、混乱に拍車をかけている。3081本には、60四球がそのまま残されているとみられるが、それを引いても3021安打となり、大リーグ公式ページの数字と食い違う。3081安打というのは、大リーグ公式記録を扱うエライアス・スポーツから提供を受けているとただし書きが入っているが、であるなら、なおさらMLB.comと数字が違う理由が不明だ。

 3435安打には、彼がナショナル・アソシエーション時代に打った安打数(5年、423安打)が含まれている。しかし、1887年の60個の四球は含まれていない。423安打を引けば、3012安打となって、「スポーティングニュース」社の説と一致する。しかし、ナショナル・アソシエーション時代の安打数を含めるかどうか、意見が割れる。

 ナショナル・アソシエーションとは1871年に創設された初のプロ野球組織だ。9チームで立ち上がったものの、観客の不入り、八百長の横行、戦力の不均衡などが原因で、5年後には立ち行かなくなった。結果、1876年にナショナル・アソシエーションの創設時のメンバーだったシカゴ・ホワイトストッキングス(現カブス)のウィリアム・ハルバート社長が中心となって新しく作ったリーグが、今のナショナル・リーグである。

■古い記録を掘り起こす楽しさ

 当然、アンソンをはじめ、多くのナショナル・アソシエーションでプレーしていた選手がナ・リーグのチームと契約するも、ナショナル・アソシエーション時代の記録に関しては、大リーグの公式記録として認められず、その一方で、baseball-reference.comというデータサイトなどは、大リーグ記録と同一に扱っている。このあたりはイチローの日本プロ野球での記録を含めるかどうか、という議論と似てなくもないが、ともに大リーグ記録とは永久に認められない点で共通する。

 結局、アンソンの公式安打数はそうした様々な事情が入り組み正確にとらえるのが難しいわけだが、今回、そんな興味深い古いエピソードをイチローがまた掘り起こしてくれた。

 ちなみに、イチローによってよみがえったキーラー、シスラー、アンソンの3人というのは、くしくも同じ1939年に野球殿堂入りを果たしている。



日経新聞
スポーツライター 丹羽政善













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【2016/05/31 06:17】 | SPORTOURS | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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