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イチロー 「驚き」量産 打率より数、野球変革
1994年、鈴木一朗が「イチロー」として年間210安打の記録を作るまで、好打者タイプの評価は打率が主で、安打数への注目度はここまで高くなかった。当初は異端ともいわれた「振り子打法」を含め、野球の革新の先頭に立って「イチローワールド」を築き、野球の価値軸まで動かした。安打記録はそのたまものといえる。



 開花したばかりの94年のイチローはどんな質問にも丁寧に答えていたが、次第に打率の話題を避けるようになった。前人未到の打率4割も、と騒ぎ立てられていた。

 イチローは1打席ごとに浮き沈みする「率」でなく、1本打ったら減ることのない「量」の世界に安寧の場所を求めていく。打率に価値を見いださないのではなく、常に周囲の期待以上のものをみせ、驚きをもたらす選手であろうとするからこそ、一切の雑念を払おうとしたのだろう。

 尋常でない執念を込めた打席を重ねること、日米で1万4千打席あまり。圧倒的な「量」としての安打数は日米の通算記録であれなんであれ、単純に驚嘆すべきものだ。2千本安打の打者2人分の人生を1人で生きている。

 あまりに革新的なものに、人は最初からはついていけない。パワー志向の強いメジャーでは当初「当てて走るだけ」という冷ややかな視線もあった。

 ここでもイチローは圧倒的な数字で、そのスタイルを認めさせていった。誰も忘れていたウイリー・キーラーの8年連続200安打の記録を破り、球史を掘り起こした功績を否定する人はいない。

 イチローがメジャーに挑戦した2001年ごろは野手が通用するかどうかについて懐疑的な見方が多かった。数年に1度の日米野球では飛ばないメジャーの球に苦戦。日本を代表する打者も形無し、という時代が長く、ぬぐいがたいコンプレックスが形成されていた。


イチローはパドレス戦の9回、右翼線二塁打を放ち、メジャー記録を日米通算で抜く4257安打とした=共同

 1949年、戦後初めてサンフランシスコ・シールズという3Aのチームが来日した。結果は日本の0勝7敗。チームを率い、親日家として日本の野球の発展にも貢献したフランク・オドール監督は「巨人はAクラスかな。川上はグレートヒッターだ。彼なら3Aクラスに行けるだろう」という言葉を残している。

 巨人が1A、打撃の神様、川上哲治さんでも3Aとは悲しくなるが、日本の野球への評価はその程度だった。

 特別な人であるイチローの事績をもって、日本野球が米国に肩を並べたというわけにはいかないが、時計の針は一気に進められた。大きな歴史の流れから見るとき、記録の輝きは一層増す。


日経新聞












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